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『私から見る中国』作文コンクール入賞作品抜粋(その九)
2021/07/29

記念賞佳作抜粋(一)

 両国の民間レベルでの友好関係は着実に進んでいるものの、残念なことだが日本では中国を嫌がっている人がいる。また、反対に中国でも日本を嫌がっている人がいることは厳然たる事実である。日中関係が良くなれば個人も企業も良くなることを認識することが大事である。互いに重要な隣国同士。永続的に健全で安定的な発展のために、政府と国民は知恵と創意工夫を展開すべきである。そのために、私はこれからも環境を作る努力を惜しまず続けて行きたい。

―塩田章『私から見る中国』

 

 中国はどんな国なのかとても興味津々で好奇心に燃えた、この訪中以外に渡る機会が生まれたが中国語を知らない事と治安が悪いとの事を聞かされて心配と不安の中、辞書と旅行ガイド書を持って中国上海に渡った。時には一人辞書を片手に蘇州から上海まで汽車に乗り込んだ時の事は、確か一般の中国人と同じ車両切符でスーツケースを持って、混雑する車両に辞書片手に席を譲ってもらった時は、とても親切心に有り難かった。その時の切符が「蘇州/上海硬座普快6元」で今も引き出しの中に置いてある、一人旅はこれだけではなかったけど、中国人の親切心のお陰でこうして無事な事、若気の至りで家族や知人に心配させてしまった事、知人を通して単身訪中や、自分の目で直接見て感じたことなど、そうして学んだ事が今の中国人に対する私の友好的な交流ではないかと考える、安心して暮らせる豊かな生活を望むのはどこの国民も一緒だと思う。

―牛浜龍男『私から見る中国』

 

 講座で特に印象に残ったのが、まず「自分ありき」ということです。相手のことを知る為にはまず自分のことを知らないといけない、自分のことも考えに入れておくということでした。また「逃げるが勝ち」という言葉は日本の考え方だと思っていた上に、戦わないというのは正々堂々としていなくて卑怯だとずっと思っていましたが、これは「兵法36計」の最後の一番強い相手に対する対処法の戦わずに勝つということは無敵に通じることだということだと知り、とても奥が深いことに驚きました。更に自分を「水の如く」変えていくということも周りの人達と衝突しない上に、老子の「道徳経」の「上善如水-上善は水の如し-」にも通じるということにも気が付きました。専門学校で老子の授業で先生が「若い人にはもう少しチャレンジ精神を持って欲しいのでお勧めしないが、ある程度の年齢になった時に日々の生活や人生にとても役に立ちますが、難しいので根本の考え方を分かり易く、説明します。」と話されていましたが、それでもその時は分かった様な、やっぱり殆ど分からない様な感じでした。今回の講座を受けてやっと先生がお話されていたことが少し分かった気がしました。

 (中略)

 この様に少しずつ中国の言語や歴史のある思想に触れていくにつれて感じるのは、今まで知らないままでいたことが分かる様になって日本と比較することによって、日本のことも更に理解出来たり、これから先の人生がもっと気楽に楽しく豊かに生きていけそうな気がする様になりました。これからも更に様々なことを勉強や体験して、もっと中国と日本が昔から交流があった時の様に更により良い関係が築ける様に、例え僅かであっても貢献出来る様になりたいと思います。

―昆布美幸『私から見る中国』

 

 1952年私がまだ北京の中学生時代のことです。日本がアメリカの差し金で台湾蒋介石の中華民国と国交を回復させられ、その際蒋介石は対日戦争賠償権を放棄しました。でもすでに中華人民共和国は誕生しておりますので、歴史の授業で中華人民共和国は対日戦争賠償権についてどうするべきか討論すると、前週に予告があり、私は出席のつもりで準備しました。

 ところが授業が始まるちょっと前に先生に呼び出され「貴方は日本人だから、この授業は参加しなくとも良いよ!」と言われました。私が「先生、歴史を知る大事な授業ですので、出席させて下さい!」と申しますと先生がすごく困った顔をされ、どうしようかと暫く考え込んでおりましたが、やっと「まあ!いいでしょう!」と仰いました。

 でも授業が始まると先生が悩んだ訳が分かりました。クラスメート達は皆泣きながら日本軍国主義者が行った三光政策(奪い尽くし、殺し尽くし、焼き尽くす)で身内が被害を被った事を発表し、歴史を遡り「1895年甲午戦争」で日本が銀二億三千万両を取った事、それを清朝は世界中から借り捲り、人々からは厳しい人頭税(一人当たりいくら)を取り立て、1935年まで40年掛けて返済した事、祖父母から聞いた厳しい取り立て状況、中国の人々が一挙に貧しくなった事を紹介し、みんな泣きました。すると先生が「毛主席説!」(毛主席は仰っています!)「日本人民も戦争の被害者ですと仰っています!」そして三つの事を説明しました。先ず中国では兵隊になるには志願制で「好漢不当兵」というよね、でも日本は徴兵制で赤紙が来たら、断れば本人は投獄拷問され、一族郎党は「国賊」「非国民」として虐められるのよ。兵隊になれば上官の命令は天皇の命令と言われ、中国人を殺せと言われ殺さなかったらその人が殺されたのよ。」最後に「今皆泣いたよね、被害者って辛いよね!でも中国では自分がして欲しくない事は他人にしてはならない(己所不欲、勿施於人)と言うでしょ!同じ被害者の日本人民に苦しみを与えるのですか?」と仰ると、全教室が騒然となり、前後左右の生徒が討論し始め、しばらくすると一人二人と手を挙げ、対日賠償権放棄に賛成し、最後に全員が賛成した時、私がみなと抱き合って泣いてしまい、思わず立ち上がり「この授業に先生は出なくともいいよ!とおっしゃいましたが、私は出て皆さんの心が分かりとても良かった。私は日本人ですからいずれは日本へ帰ります。帰ったら一人でも多くの日本人に皆の心を伝え、一日も早く中華人民共和国と国交を回復するよう頑張ります。」と約束しました。でもそれから二十年、私にとっては長い二十年でした。

―戸毛敏美『私が見た中国』

 

 周恩来総理のお言葉に『民間先行、以民促官(民間が先に交流を進め、民を以って官を促す)』や『瞻前顧后、 日積月累、水到渠成(過去を振り返りつつ、未来を見据えて、日々積み重ねていく中で、機が熟せば必ず結果が出る)』(胡金定著・日中友好の軌跡より引用)との言葉通りに過去、現在、未来、トラブルがあって当然、言葉も違いますし、文化も違いますし、歴史も違いますし、環境も違いますので、意見が合わなくて当然だと考えます。そういう背景がある中でも、それをいかにして向き合い解決していくかが大切なんだと。

 私は、周恩来総理のその言葉は、本当に中日友好関係だけでなく、私たちの身の回りの様々な問題にも解決する素晴らしいメッセージなんだと思います。

―谷 正義『私から見る中国』

 
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