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『私から見る中国』作文コンクール入賞作品抜粋(その六)
2021/07/26

三等賞(4名)

日本と中国をつなぐ「三国志」

貫井正

 かつて私は防衛省陸上自衛隊に入隊し、東海大学附属望星高校の通信制教育によって高校卒業資格を獲得、東海大学札幌校舎に入学しました。同大学の中国語の授業によって「中国の時代」の到来を予感して大陸へ渡航。1993年から北京語言大学、北京師範大学、中国社会科学院で、三国時代の歴史や小説で名高い蜀の宰相・諸葛孔明(名は亮、字は孔明)の研究に携わりました。私は中国での長年の留学や生活を経験してきましたが、身を持って感じた体験もあります。

 中国の大衆社会には、"三国志文化"と呼べる独特な現象がたびたび現れます。人の智恵や知識を語れば、智謀に優れた蜀の軍師・諸葛孔明が話しの中に登場し、ビジネス取引きの信義が話題になれば、忠義に厚い武将・関羽の信念や行動が持ち出されてくる、という具合です。日本人の私がこうしたグループに加わると、自分から「魏の曹操は」、「呉の孫権は」などと話し出してしまいます。中国人の心に根付いている三国志が、日本人をも自然と包み込んでしまうのです。

 現代中国人が日常会話に使う言語表現の中にも、歴史上の故事が躍動しています。ある時、国内の汽車内で地方出身の若い夫婦に出会いました。互いの雑談の中で夫のほうの友人が大都市・北京に就職した話しになりました。彼は「友人が北京での生活が心楽しくて、蜀を思い出すことはありません(楽不思蜀=らくふししょく)」では困ると言われ、互いに大笑いしました。三国志に残る名言「楽不思蜀」は、三国時代の蜀の皇帝・劉備の息子で、国を滅ぼした頭の回転の鈍い男として知られている劉禅の故事から生まれた言葉です。それは、楽しくて自分の故郷を忘れてしまう意味に用いられます。現代中国では、幅広い年齢層にわたり、三国志の言葉が社会生活に定着しています。日本人が好んで使う「三顧の礼」「水魚の交わり」「泣いて馬謖を斬る」など三国志の故事も、中国人の会話で潜在意識として口をついて出てくるほどです。

 私が中国の首都・北京に留学したとき、中国人の学生と多くの交流を持ちました。三国志の話題に触れたときに突然、誰もが格調の高さを感じる諸葛孔明の有名な「出師の表(出兵上奏文)」を以下、冒頭からスラスラと諳んじ始めて行ったのです。

 「臣亮言先帝創業未半而中道崩殂今天下三分益州疲弊此誠危急存亡之秋也・・・(臣亮言(もう)す。先帝、創業未だ半ばならずして、中道に崩殂(ほうそ)せり。今、天下三分にし、益州は疲弊す。此れ誠に危急存亡の秋(とき)なり・・・)」。

 彼によると、中学生のときに国語の授業で「出師の表」を学び、何度も暗唱した経験があると教えてくれたのです。彼の熱い語り口から、「出師の表」の精神像には世の中の仁愛や正義を求める人たちを鼓舞する力が秘められているのが見て取れます。

 一方で、日本は中国から約二千年にわたり「三国志」や「三国志演義」を始め、多くの先進的な文化を学びました。17世紀の江戸時代に湖南文山の「通俗三国志」(羅貫中「三国志演義」翻訳本)の刊行によって、三国志が広く大衆に普及しました。明治時代に入り、政府は中等教育の古典教材に必ず諸葛孔明の「出師の表」を採用し、忠君愛国思想の教育に役立てたのです。昭和時代には大作家・吉川英治が「三国志演義」に題材を取った「三国志」を出版し、新たな三国志ファンを生み出しました。その後も「三国志」に関する歴史や文学作品、翻訳が数多く出版されています。

 著名な人形美術家・川本喜八郎氏の人形劇「三国志」は、1982年から1984年にかけてNHKで放映されたもので、茶の間で大きな人気を呼びました。私は生前の川本氏と交流を持てた一人でしたが、氏が手がけた諸葛孔明人形は、人一倍強い思入れを込め、人形の頭部は作り直しを四度もされたそうです。孔明の顔の迫力、智謀と胆力を備えた眼差しに、人間・孔明の個性がよく表現されており、芸術性の高い作品に仕上げました。

 漫画界の巨匠・横山光輝「三国志」や「三国志アニメ」、最近では「三国志映画(新解釈三国志)」、「最新作三国志ゲーム」など、日本の長い歴史の間に三国志は各時代の大衆に受け入れられただけでなく、サブ・カルチャーや娯楽としての三国志に熱中する日本の若者たちにも熱烈に歓迎されてきました。

 本場・中国での三国志は古典や歴史、現代社会などの関わりで親しまれるとともに、その中の語句や名言は日常生活に密着しています。言葉は、人と人との双方向の交流を図るうえで、最も効率の良いスキルですが、日中両国民が三国志の言葉を使えば、互いの意思や文化の疎通を豊かにし、楽しめるようにもなります。三国時代から千八百年。現代に生きる三国志は日本人、中国人双方が心と情で通じ合える世界史上に例を見ない、代表的な伝統文化と言えます。日本と中国をつなぐ「三国志」が、日中両国民の友好交流や相互理解を深めるために役立つものであると確信しております。

 
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